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Posted by だてBLOG運営事務局 at

2011年03月31日

震災生活二十日目…その参

更に前日記の続き。


そんな訳で…

有事の作戦規定…
『安全地帯に退避し、援軍が到着するまで、消耗を避けて戦力を維持せよ』(←軍隊かぃ!)
に則り、水道が復旧するまで、
何一つ物資の補給も無いまま、生き延びた。

我輩は登山などやらぬが、これは冬山遭難時の行動に準ずると思う。

一週間籠る想定が、二週間以上になってしまったが…工夫次第で何とかなるもんだ。
慌てて買い占めに走る必要も無い。


で、二週間以上経った月曜日に、震災後初めて外出した訳だが…

ガソリンスタンドが何処も営業して無ぇぇぇ!!Σ

…やはり、有事の作戦規定は正しかった。
次の補給が分からぬ以上、外出をせずガソリンを節約してて良かった。

スーパーは一応開いてたが、まだ物資は少なく、夕方には閉店してしまう様だ。

品数は少ないとは言え、絶望的になる程、物が無い訳ではない。
大戦中の標語に有る通り…
『足りない足りないは、工夫が足りない。』
まぁ、何とかなる。

という訳で、二週間ぶりに生鮮野菜を口にする事が出来た。



今回の地震で…

有事には人間の真の姿が露になるなぁ…と、つくづく実感した。

震災後、即ボランティアで被災地に救援に行く人達、助け合う人達も居れば、
逆に、被災地に泥棒に行く様な不逞の輩や、物資を奪い合う人も。


我輩は今回、被災地に駆け付ける事が出来なかったが、
復興には極力協力したいと思ってる。
(今はまだ、言うには時期早尚と思う…近日中には詳しく発表したい。)


我輩も、津波で仕事先が流されて失職状態だが…

この先、どうするか。

というか…この先、世の中が、どうなるか判らないし。
(福島原発の件も有るし、震災復興で、政府の財政破綻も現実的に近いだろうし。)

普通に仕事を探して、勤める事様な事が出来る世の中なんだろうか??

この先これまでの様に、作品造りを、やっていける世の中なんだろうか??

…という疑念・葛藤は、物凄く有る。

それでも、我輩の作品を待望んでいてくれる皆様からの暖かい言葉を頂く事が出来た。

生き残った…という事は、見えざる運命、まだやるべき役目が課されているという事だろう。

我輩は、我輩の出来る事をやるしか無い。


…という訳で、ぼちぼち、作品造りも再開しました。
(出展スケジュールは未定だが。)



後は…仕事くれぇぇぇ!!(爆)←切実w
  


Posted by 黒猫伯爵 at 08:32Comments(0)

2011年03月31日

震災生活二十日目…その弐

前日記の続き。


…そんな訳で、その時に汲んだ水のお陰で、水道が復旧するまで、飲み水は何とか保った。

この時使った空きペットボトルだが。

昨年年末頃から、何故か以前は呑まなかったペットボトル焼酎を買う様になり。
地震が有った少し前の頃にパタッと呑まなくなったんだよね。
その時の空きペットボトルを捨てようかな、と思ってた時期に地震が来た訳。

…まさか焼酎のペットボトルが役に立つとは…

全ての無意識な行動、運命には意味が有った…って事だなw←(苦笑)

…脱線だ。

非常用に用意してた器材の中には、携行用浄水器や、缶入りローソク、ラジオ&電池、カセットコンロ&ガス2本と、電池不要の発電式電灯も有る。
…だが、いくら倒れない缶入りローソクとは言え。
あれだけ余震が続いてると危なくて使えんかったわ…

それと、水の要らないシャンプーも有った。(←余り汚れが落ちたとは思えぬが、気分的にはサッパリした。)


で、日没前に、家の周囲の被害確認。

…特に異常なし。建物倒壊・火災もなし。

周囲の安全を確認したので、毛布二枚を持って車の中に退避。

携帯のワンセグTVを点けて、ここで初めて被害の甚大さに驚く!!!

沿岸部の友人知人の事が心配ではあったが、
今、電話しても繋がらないのは分かり切った事なので、忍の一文字。


この時までは、三日間位で電気が来ると思っていたが、こりゃあ一週間は覚悟かな…と思った。
(結局、電気と携帯が復旧したのが一週間後、水道に至っては二週間以上。)


当分、身動きは出来ぬと覚悟を決めて、手持ちの食料確認。

インスタントラーメン、レトルトお粥(←温めなくとも喰える。)、ツナ缶、雑穀パン、春雨、味噌…グレープフルーツも有った。

まー、一日一食〜二食に押さえりゃ、何とか凌げるだろう。

飲み物も、例の侍缶コーヒーやスパーリングチョコレートも有る。

…そして何より…日本酒!!←(爆)

や、非常用にストックしてた訳ぢゃ無くて…
後日、皆で楽しく『日本酒の会』をやろうと買って置いたものだったが…

この二十日の間に(つか最初の一週間でw←)、全て呑んでしまった…


あっ、石を投げないで←

だって、停電で夜は真っ暗、携帯も繋がらないから連絡も取り様が無いし、部屋の復旧作業もままならぬ。
夜は暖房無くて寒いし、酒呑んで寝るしか無ぇぢゃん!!←マテコラ

  


Posted by 黒猫伯爵 at 07:30Comments(0)

2011年03月31日

震災生活20日目…その壱

先ずは被害に遭われた皆様に、心からのお見舞い、
そして亡くなられた皆様には、心からのお悔やみを申し上げます。


大震災の日から二十日…
この間、色々書きたい事も有ったが、
現に今、救助を待ってる人達・救助に行ってる人達が必死になってる中で、
これを書く事は憚られたので、敢えて書く事は避けて来たが…
そろそろ書いて置こうと思う。

人の生き死には紙一重の運命…というか、大震災二日前の地震&小さい津波(今から考えれば、アレが前震だったんだろう。)の時、
我輩は今回津波被害を受けた塩釜の海の目の前に居た訳だから、
少し地震発生の時間が違ってれば、我輩も死んでたかも知れぬ。

今回亡くなられた方々も、目に見えぬ運命の紙一重の差…

次の新しい世の中に生まれ変わる、必要とされた人達だった…と信じたい。


大震災その日は。
たまたま部屋に居た時間帯だった。

ついに予測されてた宮城県沖地震が来やがったか!!
しかも年度末の稼ぎ時に!!←
…と思った。

地震の揺れ自体は、岩手宮城内陸地震の時よりも揺れの振幅が小さい気がしたし、家具も倒れなかったんだけど…
兎に角、揺れてる時間がハンパ無く長かった!!

いつまで揺れてる気だよ、地震!!と思わずツッコミを口走ってしまった程。←
三分以上揺れ続けてた気がする。

物がバラバラと落ちて、部屋の中は、足の踏み場も無い状態にはなったけど、
予想していた最悪の事態…ガラスが割れて飛び散るとか、
入口に置いて有った資材が崩れて部屋から脱出出来なくなる、なんて事は無かったから、
まさかアレが震度7で、その後、大津波が来るなんて、その時は思いもしなかった。


電気は地震と同時に停電したので、
有事の作戦規定発動!!←
という訳で、退避(隠遁)生活に向けた行動を即、始めた訳。

この揺れなら、家が倒れる事は無いだろう…と、
余震が延々と揺れ続ける中、防寒下着を中に着込み、(凄く冷静w←)
食料その他器材の確認。

日没まで二時間なので、部屋の中で寝る事は不可能と判断し、
車中泊を決断。毛布と共に食料・非常器材を車に運び込む。

そして水道の確認。
その時は、まだ水道は出てたんだけど、後から断水する様な気がして。
(阪神大震災のから教訓。)
ポリタンクやら有りったけの空きペットボトルに水を汲んで。

…案の定、その後断水して一昨昨日まで水は出なかった。
  


Posted by 黒猫伯爵 at 06:34Comments(0)