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Posted by だてBLOG運営事務局 at

2013年07月20日

北の町から南の町まで。

…という訳で←

7/7の、いわき労働福祉会館&7/15の青森産業会館に来て下さった皆様、本当に有り難う御座いました!!

両方の現場共、本当に沢山の皆様が来て下さり有難い事です。



さ(・ω・)て。


今月から、オリジナルの黒い御幣を作って、東北各地を巡って足跡を残そう・写真に残そう、ってのを始めた訳で。
(何の呪いだよwww←)

それで最初は東北の南端・いわき市の勿来の関に行った訳です。
(…白河市の白河の関は次の機会に。)

勿来の関は、勿来海岸を見下ろす丘の上。
…大和朝廷の、揚陸作戦の橋頭塁だったんだろうな。位置や地形から見て。
事実、明治維新時の新政府軍も、此所の目と鼻の先の、(間近に視認出来る場所!)
平潟に上陸の後、棚倉・三春を経て二本松に進軍している。

因みに、この平潟の辺りは…第二次世界大戦で、日本軍がアメリカ本土に向けて、風船爆弾を打ち上げた場所でもあるとか。

勿来海岸は、海水浴場に海の家も立ち始め、だいぶ立ち直って来た様には見えるけど…
津波被害は場所によって随分違いが有りましたね。
四ツ倉港の辺りとか小名浜港は、復旧が早かった様です。


そして、翌週。

今度は北端、北海道からの入口・青函トンネルの有る津軽半島の龍飛崎に行った訳です。
(…向かい側の下北半島、大間崎は次の機会に←)

有名な「階段国道」の隣には階段村道なんてのも有るんですね。(笑)

平舘の辺りからは、対岸の下北半島が凄く近くに見えました。
昔の人達、縄文人達は陸奥湾を縦横無尽に船で移動してたんだと実感できた。

青森市から津軽半島先端・三厩までの松前街道沿いの漁村は、
昔ながらの板張り外壁の家が多くて、映画みたいでした。
…が、一方で鮮やかにペンキを塗った家も、その中に点在してて。(それだけ風雨が厳しく、塗り直しが必要なのか?)

まるでアンディ・ウォーホールの絵画の様な風景でした!!
…あーペンキ持ってって色々塗りてぇ!!←
(現代美術作家にやらせたら超面白そうwww←)

そして所々に有る廃墟も実に良い雰囲気で♪♪
廃墟マニヤにはタマラン♪♪(2828←)


…こんな場所にまで参議院選挙のポスターが貼られてたのは興醒めだったが←

青函トンネルが出来て、地元の民衆生活の何が変わった??

国策・国政と地域住民の民意との間で、
齟齬を凄く感じましたねー。
  


Posted by 黒猫伯爵 at 13:33Comments(0)