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2017年02月09日

歴史秘話ヒストリア・謎の古代王 最後の戦い~ …は、謎では無い(笑

ちと先週の話。
某国営放送の『歴史秘話ヒストリア』。
日本のポンペイから探ると題された、榛名山噴火の火砕流に埋もれた1500年前の古代王についての内容だったが…

別に謎でも何でも無い。
東北から見たら、凄く分り易い・納得する内容なんだよね~、この古代王。

番組では、この古代王が鎧を纏い、噴火を起こした榛名山の方角を向いてひざまづく姿で火砕流に埋まっていたと紹介されていたが…

前々から述べてる様に、東日本の山岳信仰は『火山信仰』。
信仰対象の山は、大半が火山だ。(恐山、蔵王山、鳥海山、妙高山、十和田、岩木山、御嶽山…)

当然、榛名山も信仰対象だったろうし。
…当時の古代王は、その信仰対象たる山(山の神)に祈願する神官・神主(或は山伏)だった事は間違いない。

そして何故、鎧を纏っていたか??
…これは東北地方に広く分布する『鹿踊り(シシ踊り)』と同じである。

東日本の鹿踊りは、西日本の獅子舞とは全く別物だ。
鹿踊りは慰霊や悪霊払いとして舞われるが、その動作の意味は、『地霊鎮め』。

鹿踊りの装束は山の神、或いは先祖神の霊力を示現するもの。

鎧か・鹿踊りの装束か、の違いが有るだけで、
やってる事の意味は同じなのだ。
先祖神の霊力を示現する装束を纏って、地霊鎮め(噴火鎮め)の祈願をするという行為は。

又、この古代王は自ら纏った鎧とは別に、もうひとつの兜を抱えていたそうだが。
…これまた修験道に於ける『権現頭(獅子頭)』と同じである。

山伏は祭壇に権現頭を奉じて祈願するが、この権現頭は先祖神の霊力を示現するもの。
これまた兜か・権現頭(獅子頭)か、の種類が違うだけで、やってる事は古代王も山伏も同じなのだ。


…この点。東北の民俗文化は、1500年前の形態を現代まで非常に良く残していると考えて良いだろう。

1500年前と言えば。
出羽三山・羽黒系修験道の祖である蜂子皇子の時代とピタリ重なる。
…その蜂子皇子とて最初から霊力を示現出来たのでは無くて、
山伏と共に羽黒山で修行を重ねて、初めて霊力を示現し、羽黒系修験道の祖となったのだ。
逆に言えば、それより以前から山伏は存在し・山岳信仰そのものは存在したという事だ。


では、その山岳信仰そのものは、いつから存在したのか??何処から伝搬したのか??

…これは榛名山で  


Posted by 黒猫伯爵 at 11:54Comments(0)