2006年11月25日

どうせ死ぬ身、笑って死ね!

また山形で自殺が有ったようですね。

自殺を出来る人が、ある意味ちょっぴり羨ましい。

だって自殺するには、ものすごいパワーが要るからね。
我輩には、そんなパワーは無いな。(苦笑)
それに、ホントに追い込まれると、自殺すら思い付かない程に余裕が無くなるからね。(昔、過労自殺に近かった時期が有りました、我輩・・・)


さて、自殺した後、とゆーより人が死んだ後どうなるか?

近年、量子力学が進展してきて、色々仮説が立てられる様には、なって来ている。

霊体は質量がゼロであり、だとすると、我々の世界の『時間流』というものから外れてしまうらしい。

よく怪談話で昔の落ち武者の霊の話があるが
これも、その仮説からすれば、我々の時間流では何百年も経っているが、
霊の側からすれば死んだ直後だったりするワケだ。

つまり、死んだからといって楽になるワケでは無く、
我々から見れば、『死んだ瞬間の感情のままフリーズする』とも受け取れる。


だから、苦しいから自殺しても全く救われず、苦しみがむしろ長引くだけである。


『自殺するな』などと、綺麗事のご大層な言葉が言える程、
我輩は出来た人間では無いので気恥ずかしいのだが、
上の仮説から云って
苦しいからといって自殺してはならない。
苦しい時に自殺するのは、愚の骨頂であり、全く救われない。
どうせ死ぬなら、心から楽しくて笑える時に死ね!
(それが難しいんだがね。)


とはいえ、今自殺する少年少女達には全く息をつける場が無い、極めて息苦しい・生き苦しい状態なのは診てとれる。(我輩の元にも、丁度その年代の子から手紙を貰う事も多いし。)
学校もキツイ、家族も重い(大抵の親御さんは気付いて居ない)
田舎なので遊べる所も無ければ周囲の目も厳しい・・・となれば。
学校・家庭・地域からも独立した
息のつける逃げ場所的なセーフティネットが有れば、少しはマシになるのかな?多分。


あぁ、霊の話ついでに。
さっきの通り、霊体に質量がゼロであるならば。
物質と衝突する事が無いので
怪談話で幽霊が壁に吸い込まれるといった類の話も
当たり前といえば当たり前。
(物質にもぶつからないし、時間流からも外れているので)
コップひとつに百人でも千人でも入れる。

また、我々の宇宙は、例えれば一房の葡萄の一粒の葡萄の様なもので
別の一粒の葡萄とも云える別の宇宙と極小のワームホールで繋がっていて
質量がゼロ、又は極く小さい質量のモノしか行き来出来ないらしい。
つまり質量ゼロの霊体なら行き来可能と考えられる。

これが、あの世と呼ばれるものかどうかは、さてはて?(我輩は宗教には入っていないので。ましてや、故・丹波哲郎さんのよーな霊界のスポークスマンでも無いので。笑。)

まぁ、この先は宗教・哲学の話になって、ここでは書ききれないので、書きません。



Posted by 黒猫伯爵 at 22:32│Comments(0)
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