2017年01月25日

歴史の謎、崑峯寺と『御柱』。(東北魔界紀行〜崑岳編その1)

宮城県に有る、通称『のの岳(ののだけ)』こと無夷山・崑峯寺。(←正確には崑の字が少し違うが、変換で出て来ないw)

今回の東北魔界紀行は、この崑峯寺の秘密と歴史を紐解いて行こうと思う。


まず最初に。
非常に興味深い点を添付画像で紹介したい。
(観光案内や、他の方の紹介記事では全く触れられていない処だ!!)

◆山神の磐と御幣
◆山門に奉納されたワラジ
◆磐を囲む『御柱』

参道を登ると、脇に小さな『山神』の磐が祀られている。
…東北地方の神社では、山神の磐が祀られてるのはごく当たり前な事だが…
興味深いのは、その磐の処に御幣も建てられており、その形状がまた目を惹くのだ。

仔細に観察すると御幣の中央部が『山』という形に切り抜かれ、手の込んだ造形だ。
…宮城県北部〜岩手県南部エリアの神社では、この様な御幣…『キリコ』又は『切り透かし』と呼ばれる切り紙が祀られる例が多い。


この参道だが。

方位磁石で確認してみると、ピタリと『真北』に向いている事が分かる。
…これは陰陽道、北極星信仰・妙見信仰の影響だと考えられる。
(隣町に有る通称・山の神こと『山神社』でも同様に参道は正確に真北を向いてる。)


参道の途中に山門が有る。
通常の神社なら鳥居が有るのだろうが、そこはそれ。天台宗の寺だ。

山門の左右には仁王像が安置されているが、それよりも興味を惹くのが、
仁王像と同じ処に巨大なワラジが祀られている点だ。

これは山岳信仰・修験道に於ける『脛塚』或いは『荒脛(アラハバキ)』であろう。
…修験者は、神域に入る時に、新しいワラジに履き替えて。
そこまで履いて来た古いワラジを『脛塚』に奉納して道中安全の祈願をするのが慣わしという。
(その意味では『道祖神』と同体の神なのかも知れない。)


本殿や白山社は、他の方の記事に任せるとして。(笑)

境内をぐるっと見回ると、更に興味深いものが!!!


余り目に付かない様な、小さな磐だが…磐の周囲4隅に柱が建てられ注連縄が張られている磐が有った!!

これ完璧に お ん ぱ し ら ! ! !

サイズこそミニチュアだが、諏訪大社の『御柱』と全く同じ形態だ。
…諏訪大社の『御柱祭』が有名だが、御柱が建てられるのは何も諏訪大社だけでは無い。
諏訪地方では、地域全般的にあらゆる神社・小さな祠にまで御柱が建てられるのだそうな。

何故、それがこのみちのく・涌谷の地に有るのか???

境内には他にも幾つかの磐が祀られているが、
御柱が建てられているのは、この小さな磐だけである。

磐に彫られた文字は『崑ノ宮』。
…〇〇宮、という表記が為されてるという事は、山岳信仰・修験道の系統で間違いない。

祀られた経緯や時代はハッキリしないが、
諏訪地方から来た修験者が祀ったものだろうか???



この場所。『崑岳(ののだけ)』という山名・地名。

御嶽山(おんたけさん)や、沖縄の御嶽(ウタキ)などと同様、
かなり古い時代からの山岳信仰の聖地であったのでは無かろうか。



更にこの崑峯寺。
その創建の歴史を紐解くと、東北の先住民・蝦夷と坂上田村麿呂との闘争の時代。
騒乱の歴史の謎が有ったのだ!!


…この話、次の日記に続きます★



Posted by 黒猫伯爵 at 12:17│Comments(0)
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